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経穴解説 No.1(序文)

一鍼堂スタッフの為沢です。 診察中によく患者さまから問われる質問がございます。 「○○病に効くツボはどこですか?」 御体の傾向知る上で、病名を参考にすることはありますが、 「○○病=●●穴に施術」 ということは致しません。 肩凝りを例に取って説明すると、 肩が凝る原因は人によって様々です。 長時間のパソコン作業で凝る、 細かい作業で凝る、ずっと同じ姿勢で凝る、 食べ過ぎで凝る、冷えから凝る…他 様々な原因があります。 その負担がどこの五臓六腑にかかり、 御体を悪化させているか。その診察を慎重にする必要があります。 我々は四診を駆使し、そこから治療穴を導き出します。 なので、病名を聞いただけで 治療穴を決めて施術するということは致しません。 しかし経穴(ツボ)についても、よく質問を受けますので、 次回より経穴について東洋医学的な解説をしていこうと思います。 為沢

感覚 三部九候論

鍼は 顔だろうが手足だろうが掌だろうが どこにおいたっていい。 部分は全体の縮図なんだから。 どこに置いても効かす事は出来るはず。 ただ より輝ける場所に置かなきゃならん。 そこを使う。 どこに鍼を持っていっても "そこ"におければ どんなものでも治せるんじゃないかな。 ”そこ”を探し ”そこ”に触れなきゃ。 ”そこの断片”は脈にもあるし 腹にもある。 天地と見立てりゃいいじゃないか。 そんなもんだろう? 一鍼堂 林玄一

携帯で撮影

梅田を車で通ったときに携帯で撮影した一枚。 なんだか懐かしい雰囲気。

●リウマチでお悩みのY.Nさまの体験談

大阪市西区九条南在住 Y.Nさま 37歳 職業 営業 主訴:リウマチ その他の症状:なし 既往歴:右足内側靭帯損傷 昨年末くらいから膝の関節の他にも肩、肘など様々な関節が痛み出し、 病院での検査の結果、4月にリウマチと診断されました。 「今は良い薬がある」と言われ安心したのもつかの間で、 様々な副作用を考えると「何とか薬をのまずに治療でできないものか…」 「何かリウマチに有効な物はないのか」と探しているうちに一鍼堂をみつけました。 初診で他の病院では治らなかった右肘が1本の針でかなりよくなりました。 これには感激で涙が出ました。  ″リウマチは治らない〟″進行をとめることしかできない〟と言われているので、 目の前に明るい光が見えたような気がしました。 どのくらいの期間でよくなるのか…いつ薬を飲まずにすごせるようになるのか… 今は先生を信じて治療して行きたいと思っています…よろしくお願いします。

施術していく上での御体の変化 (為沢)

はじめまして。一鍼堂スタッフの為沢と申します。 これから私が担当した患者さまの症例や、 臨床の現場で気付いたことや発見など書き込んでいこうと思います。 今回は施術を進めて行く上で、 御体に変化が出て来た患者さまの症例を紹介したいと思います。 喘息でお悩みの患者さまで、 施術経過は良く、喘息症状は治まり快適に過ごされていました。 この方は飲酒が好きで、普段からよく飲酒をしていらっしゃいましたが 施術を進めていく内に御体に変化が出てきました。 少量の飲酒で酔うようになり、多量に飲むと喘息が出てしまう 体質になり、お酒に弱くなったと悩んでいらっしゃいました。 この方の喘息の病因は、飲酒による脾胃の負担であったので、 主に、脾胃に内停していた湿邪(湿気を帯びたネチネチした邪気) を取る処方で喘息が治まっていました。 よくお酒を飲んでいた当初は、お酒に強かったわけではなく、 体内の湿邪が、湿邪を欲する状態であったと診られます。 毒が毒を欲している状態です。 常時、湿邪が脾胃に停滞しているため、 飲酒しても湿邪と感知せず、脾胃の機能が麻痺していたと思われます。 施術により脾胃の湿邪が無くなってゆき、 脾胃はきれいな状態になってきました。 これで脾胃が元気になっていくかと思われましたが、 少量のお酒でも体調崩しがちということは、 湿邪を取っただけでは、元気になっていない証拠です。 現在も施術継続中の患者さまで、 お酒を飲んでも体調崩さぬよう 脾胃を強めていく施術を続けています。 このように、御体の変化が出て来ることはよく見受けられます。 不安に感じらっしゃる方もいらっしゃいますが、 御体が良くなっていく過程なので、心配ないです。 少しずつですが、また何か症例があれば 御紹介したいと思います。

Coldplay – Viva La Vida (林玄一)

お気に入りの曲。 よく聞いています。 Coldplay の Viva La Vidaです。 以前、AppleのCMでも使用されてましたね。

天 我 病 (林玄一)

鍼師になるのに 健康でなくてはならないと何度か 耳にした事がある。 私はそうは思わない。 鍼師こそ 病に悩み 苦しむべきではないかと思う。 なぜならば 実に 健康体である人の鍼や発言が とんちんかんで軽く感じる事がある。 己の命を削った鍼はやはり 違う物だと思う。 技術の奥になにかがある。 絶対に。 仏性といっても近い思う。 利益のためや、いち職業として持つ鍼なんか そんなものに比べれば 軽い 軽い 自分が苦しんだ経験。 自分の愛する人が病に苦しみ 鍼師として立ち向かい、 時にうまいこといかず もがき苦しむ経験が われわれには 必要なのではないかと感じるからだ。 (あるいは、そうやって苦しんできた私自身への 慰めなのかもしれないが。) 病に苦しんでいて これから鍼師になるもの すでに鍼師の者も 自分の為、 患者のため 思う存分悩めばいいと思う。 何も負い目に感じる事はないと思う。 眼に前の患者さんに そうやって得たあなたの鍼を表現 してあげればよいと思う。 決して無駄ではなく むしろ あなたに対する試練であり 医療人は健康人でなければならないという 言葉に少し歯向かいたくなる気分が いつも私の心の片隅にある。 恵まれた条件で 己を正しい位置に定め続けるのはむずかしい。 病はよい道しるべになることがある。 想いが強い者程、 困難に直面するという皮肉とも思える現実がある。 しかし それは天から送られた試練でありご褒美なのではないだろうか。 その者をそこへ定め置く為の。 人にはそれぞれ使命というものがあり 病や不幸が鍼師としての鎖となることがあろう。 優れた芸術家が 皮肉にも五感の一部を失ってしまうことが あるのと同じように。 出生の本懐を知れ! 一鍼堂 林玄一

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