私の懐かしの場所
私の懐かしの場所 / ペン

どうも、為沢です。先日、仕事のあとに
“懐かしいあの公園にちょっと行ってみようか♪”
(斎藤和義氏の歌より)なんつって思い立ち、
昔よく友人と会っていた場所に出向きました。
寒空の下、夜な夜な缶コーヒー片手によく喋って
いたなぁとか、恋人と待ち合わせとかしてたなぁ
なんて思い出し、風景をスケッチしてましたが
この時の気温は3℃ !!
さぶい。思い出に浸ってる場合ちゃう。
と思い早々に描き殴り 切り上げることに。
しかし、気持ちは何かスッキリしてました。
気分一新して鍼に臨みます。


では、今回の傷寒論は弁太陽病脈証并治(中)九十七章と九十八章。
九十七章は少陽病の一部が陽明病になる場合の証治について。
九十八章は表証に誤って下法を行い、太陰の虚寒証となる場合の証治について。


弁太陽病脈証并治(中)九十七章血弱気尽、腠理開、
邪気因入、与正気相搏、結於脅下。

正邪分争、往来寒熱、休作有時、嘿嘿不欲飲食。
蔵府相連、其痛必下、
邪高痛下、故使嘔也。
一伝蔵府相違、其病必下脇鬲中痛。
小柴胡湯主之。服柴胡湯已、
渇者、属陽明、以法治之。四十九。
用前方。

和訓:
血弱り気尽き、腠理開き、邪気因りて入り、正気と相搏ち、脇下に結ぶ。
正邪分かち争い、往来寒熱、休作に時あり、嘿嘿として飲食を欲せず。
蔵府相連り、其の痛み必ず下り、邪高く痛み下く、故に嘔せしむるなり。
一つに蔵府相違い、其の病必ず下りて脇鬲中痛むと云う。
小柴胡湯之を主る。柴胡湯を服し已り、
渇するものは、陽明に属し、法をもって之を治せ。四十九。
前方を用う。


血弱気尽、腠理開、邪気因入
少陽は陽が少ないという意味で、
病が少陽に伝わった場合、
その熱は太陽や陽明のように激しくはならないが、
陽に属する証であるので、
邪に対する抵抗力は積極的で攻撃的である。
「血弱気尽」は正気衰弱を示しており、
太陽病が少陽に内伝したことを意味する。
気血がともに弱まれば、
腠理が開き そこから邪気が侵入して入ってくる。・与正気相搏、結於脅下
正邪が互いに争う場合、邪は脇の下の肝胆の部位に結ばれることになる。

正邪分争、往来寒熱
正気と邪気の争いによって、
ある時は「寒」、ある時は「熱」が交互に出てくる。
外邪を感受し、正気と邪気が半表半裏で
抗争することにより起こるものが多く
この場合、邪気はそれほど盛んでないが、正気もそれほど強くない。
そのため邪気は裏に入れず、
正気も邪を表に駆逐できず、勝敗を決定できないために起こる。

休作有時、嘿嘿不欲飲食
「嘿嘿」とは「黙黙」に通じ、気持ちがふさぎ込む様子を表している。
悶々として黙り、食欲がなくなる様子を指している。

蔵府相連、其痛必下、邪高痛下、故使嘔也
身体の蔵府は互いに連結し合っている。
ここの条文で正邪が互いに争う場合、
邪は脇の下の肝胆の部位に結ばれることになるため
少陽に入った病邪は、肝を通じて木剋土という相克関係にある
脾に影響を与え腹痛をみる。
この場合、邪の結ばれている胸脇は高い位置にあり、
腹痛の起こる胃腸はそれよりも低い位置にあるため
「邪は身体の上部にあるが、
痛みは下方へ伝わる」と表現している。
また、胆火の影響が胃に及んで
胃の下降作用を失調させれば「吐き気」をみる。

小柴胡湯主之
この場合の治療は小柴胡湯を用いて、肝胆の気の滞りを除き、脾胃を調えるとよい。

服柴胡湯已、渇者、属陽明、以法治之
もし、小柴胡湯を服用後口渇が生じれば
津が傷ついて胃熱が生じたのであるから、
その場合は原則通り陽明の治療を行えば良い。

小柴胡湯
こちらを参照→【古医書】傷寒論を読む: 弁太陽病脈証并治(中)九十六章

提要:
少陽病の一部が陽明病になる場合の証治について。

訳:
人体の気血が衰弱すると、
腠理が開いて汗が出る丁度その時に、
邪気は虚に乗じて侵入し、邪気は正気と衝突抗争し、
両側の脇下に正気と邪気が凝結する。
正気と邪気は絶えず相争うので、
悪寒と発熱が交替して出現し、しかも時に現れ時に止み、
患者は心中が悶々として憂鬱に感じて、食欲がなくなる。
臓腑というものは互いに関連を持ち、
疼痛は必ず身体の下部に影響を及ぼすから
邪気が上にあれば下に疼痛が現れ、
それゆえ患者に嘔吐がおこる。
別本には、蔵府は互いに関連をもち、病があれば必ず下って、胸郭の中が痛む、とある。
これは小柴胡湯で治療しなければならない。
柴胡湯を服用したあと、もし口渇が現れるなら、
邪気はすでに陽明に転属していることを表し
陽明病の治療法則にもとづいて治療しなければならない。
第四十九法。前法の処方を用いる。


九十八章

得病六七日、脉遲浮弱、惡風寒、手足溫。
醫二三下之、不能食、而脇下滿痛、面目及身黄、
頚項強、小便難者、與柴胡湯、後必下重。
本渇飲水而嘔者、柴胡湯不中與也、食穀者噦。


和訓:
病を得て六七日、脉遅浮弱に、悪風寒し、手足温かし。
医二三之を下し、食すること能わず、
而して脇下満痛し、面目及び身黄ばみ、
頚項強ばり、小便難なる者は、柴胡湯を与うれば、後必ず下重す。
本渇して水を飲み而して嘔するものは、
柴胡湯は与うるに中らざるなり。穀を食するものは噦す。


得病六七日、脉遅浮弱
病にかかり6〜7日とは、六経を全て循り終えて、
また最初の経を循り始める時期である。
脉遅浮弱とは、気血不足で外邪と争うことができず、
病が内伝しようとしていることを現している・惡風寒、手足溫
惡風寒から表証は依然として残っていることが分かる。
しかし手足が温かい。身熱せず手足温というのは、太陰に病があるということで
風寒の邪が裏に入って脾にあり、加えて表証が残っている。

醫二三下之、不能食、而脇下滿痛、
面目及身黄、頚項強、小便難者

医者が下法を2〜3回施し、物が食べられなくなり、
脇の下が張って苦しくなり
目や顔、体が黄色っぽくなって頚や項が凝り、小便があまり出なくなった。
誤って下したため、中焦に寒水湿が停滞→変証となった。
邪気は内陥し脾虚気滞による脇下満痛し、
面目及び身黄は邪気が太陰に陥ったものである。
頚項強は表が未だ解けていないことを示している。
小便難は脾の運化作用がうまくいかず、体内の水が巡らない。

與柴胡湯、後必下重
この時柴胡湯を与えれた後、
必ず大便がスッキリ出ず、排便した後また便意がおこる。
脾虚であるものに小柴胡湯を与えてはいけない、
与えればさらに中焦の虚を招く。

本渇飲水而嘔者、柴胡湯不中與也、食穀者噦
中焦に湿に寒が作用し、
水を津に化することができないので
口が渇いて水をよく飲みたがるが、
水を飲んでも胃が受け付けないので吐いてしまう。
これは小柴胡湯証の「嘔吐・口渇」の病理メカニズムとは全く異なるので
小柴胡湯を与えてはいけない。

提要:
表証に誤って下法を行い、太陰の虚寒証となる場合の証治について。

訳:
病を得て六七日、脉遅浮弱に、悪風寒し、手足温かし。
医二三之を下し、食すること能わず、而して脇下満痛し、面目及び身黄ばみ、
頚項強ばり、小便難なる者は、柴胡湯を与うれば、後必ず下重す。
本渇して水を飲み而して嘔するものは、
柴胡湯は与うるに中らざるなり。穀を食するものは噦す。


参考文献:
『現代語訳 宋本傷寒論』
『中国傷寒論解説』
『傷寒論を読もう』
『中医基本用語辞典』   東洋学術出版社
『傷寒論演習』
『傷寒論鍼灸配穴選注』 緑書房
『増補 傷寒論真髄』  績文堂
『中医臨床家のための中薬学』
『中医臨床家のための方剤学』 医歯薬出版株式会社生薬イメージ画像:
『中医臨床家のための中薬学』 医歯薬出版株式会社

※画像や文献に関して、ご興味がおありの方は
是非参考文献を読んでみて下さい。

為沢

2 コメント

  1. こんにちは、為沢先生。

    寒~い公園で人生の機微を味わっておられたんですね。
    なかなかの孤独家です。(笑

    しかし、絵を描いてる人ってどこにいても様になりますね。
    怪しまれなくていいかも。
    あ~絵を描いてるのか・・・って。

    私はよく一人でウロウロ・うろうろ・ウロウロ・うろうろするのですが、
    微妙なシチュエーションに陥った時には、絵描き人のフリをしてみようかと思います。

    絵心ないけど。。。

    景色見ながらドラえもん描いときます。(^^;

    • TatsuKyonさんへ

      こんにちはTatsuKyonさん。
      コメントありがとうございます!
      確かに孤独家ですね(悲)
      でも、一人になり自分を見つめる時間も貴重かなと思ったりもします。

      以前はカメラで日常風景を撮ってたりもしてたんですが
      この御時世、おっさんがカメラで街中を撮っていると
      周りに怪しく思われるので、ペンを取るようになったんです。
      メモ取るふりしてスケッチするのも充分怪しいですが(笑)
      女性は街中でカメラを持っていても
      男性に比べ まだ怪しく見られないので、とても羨ましく思います。
      とても(笑)

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