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11月11日(土):参加申込み受付中!【第四回 一般向け東洋医学養生講座 】(11月11日)


こんにちは、為沢です。
前回は経絡と臓腑との関連をお話しました。
患者さんの治療していて たまに、
「ツボって全部で何個あるんですか?」という質問を受けるので、
今日は経穴(ツボ)の数についてお話していきます。

数の話をしていく上で、
経穴の歴史を大まかに辿ってみましょう。
経穴についての見解で最も古いもので、
馬王堆帛書まおうたいはくしょ』(紀元前168年)という絹の布に書かれた文献に
「十一脈灸経」「陰脈死脈経」「脈法」という
鍼灸に関する帛書はくしょがあり、
この「十一脈灸経」に現行の経穴名ではない
経穴名が記されているということが
現在最も古い文献とされております。

その後、紀元前約100年~0年に
東洋医学のバイブルとされる
黄帝内経こうていだいけい』の『素問そもん』『霊枢れいすう』が編纂され、
『素問』(気穴篇)に

”気穴三百六十五穴、以応一歳”

と経穴は365穴あるよ と
経穴の数について初めて言及されております。
(『素問』『霊枢』に記されている経穴は138穴のようですが、
その他の経穴についての説明は省略されたようです。)

「365」と聞くと1年365日を思い浮かべると思います。

“天地之間 六合之内 不離于五 人亦應之” (『霊枢』陰 陽二十五人篇)
和訓:天地の間、六合の内、五を離れず、人も亦た之に応ず

とあるように、中国では天人合一の思想
(「天」というのは自然・宇宙、「人」というのは人間のこと。
人と自然・宇宙を一つの統一体と考え、
人間の形・機能も天地自然に対応するものという捉え方)があり
当時から既に年間の日数に近い経穴があったことを示唆しております。

その後の経穴ですが、
時代によって捉え方が変わっており、
『針灸甲乙経』(280年ごろ)では349穴に減少。
『銅人腧穴鍼灸図経』(1027年)『十四経発揮』(1341年)など
宋の時代になって354穴に増加。
『鍼灸逢源』(1817年)清代で361穴が記載されており、
これが現在までWHO(世界保健機構)に認定されている数です。

う~む。これを機に改めて調べてみましたが
細かく調べるとまだまだ数の変動はあったようです。
(1~2穴の違いだったので省略しました。
個人的には365個の方がロマンがあってええやん!と思っています笑)

時代によって数の変動があっても、
全ての経穴を施術で使うかと言われればそうでもありません。
重要なのは、臓腑の反応が出ている経穴を
診て取れるかどうか?であって
全ての経穴数を覚えたところで、
反応が取れなければ意味がありません。
我々その技術を日々研鑽しております。


参考文献:
『黄帝内経・素問』 東洋学術出版社
『黄帝内経・霊枢』 東洋学術出版社
『臨床経穴学』 東洋学術出版社
『図説 東洋医学』 学習研究社
『イラスト図解 東洋医学のしくみ』 日本実業出版社

※画像や文献に関して、ご興味がおありの方は
是非参考文献を読んでみて下さい。

為沢

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