芎帰膠艾湯および猪苓湯

芎帰膠艾湯および猪苓湯
芎帰膠艾湯および猪苓湯

図の如く小腹に物ありて、之を按ずれば痛む者、即ち此の證なり。
然れども、按じて痛むもの桃軍圓の證ありて紛れ易し。
桃軍圓の證は之を按ずるに腹底に応えて、力ありて堅く痛む。
即ち、急結の二字を思い合すべし。

此の證は、按ずれば痛むと雖も、急結にあらず。
故に堅く応うるものなく、只、少しく拘攣あり。
方中芍薬あるを以って思うべし。
且つ、桃郡圓より多味にして、甘草の分量少なきを以って分つべし。
凡そ、此の證、間、腹痛むものなり。

或は大いに下血漏下などすることあり。
余、跋渉に勤め、大いに苦んで此の證を得たり。
甚だ分ち易からず。
若し桃軍圓との分ちを知り極めんと欲せば、
之を按じての痛み、下へ引いて痛むものは此の證なり。

上へ引いて痛むものは桃軍圓の證なり。
上下へ引いて痛むものは、二方の證相合するなり。
(解毒丸、芎黃の類を兼用することを考うべし。)
又、猪苓湯の腹證も図の如く小腹に者ありて、之を按ずれば痛む。
是れ、大に膠艾湯の腹證に似たり。

故に、外證を以って之を分つべし。
然れども、外證は頗る五苓散と紛るることあり。
其の血證の有無を以って察すべし。
猪苓湯は血證あり。
冒悸して渇し、小便不利、腹中満、
之を按ずるに軟にして膠艾湯の證に似たり。

余、この腹證を理会せざること多年。
曩に、三箇島(武州入間部)に遊んで眼科鈴木良碩を主とす。
一病婦ありて治を乞う。
診しくておもえらく、芎帰膠艾湯の證なりと。

因って数剤を与うるに功なし。

其の後、良碩・五苓湯を用い、
深く苦心して猪苓湯を与うること数剤、終に全功を収む。

余、これを聞いて再び三箇島に到り、
良碩と共に論定して、遂に此の一證を得たり。

要するに、膠艾湯の腹證に似て
腹部軟満にして口渇し、小便不利、時々膿血を便にす。

是れ其の證なり。

嗚呼、良碩なる者、吾が門に於いて抜群の良才なる哉。
余、結髪してより、この技に刻意すと雖も、
一腹證を得るに許多の蛍雪を経ざれば定め極むること能わず。
然るに、良碩は一朝にして此の證を得たり。

吾が門にして欺くの如き
人才を得ること、豈、天の寵霊にあらずや。

然かのみならず、良碩は眼科を業として、
祖先已来、眼目を療すること億万何の限あらん。

良碩に至るも猶且つ安ぜず、
広く生民の疾苦を済うの志を起し、

余を迎えて腹證を学び幾程ならずして
其の蘊奥を極め、是れ等の證を理会す。

実に崑山に入りて尺壁を得るもの、
亦た祇、積善の余慶なる哉。


【芎帰膠艾湯・組成】

 

川芎(せんきゅう)

川芎
川芎

セリ科のマルバトウ属植物の根茎。原名は芎藭。
性味:辛・温
帰経:肝・心包・胆
主な薬効と応用:活血行気
①活血行気:
気血瘀滞による月経不順・無月経・月経痛・難産・胎盤残留などに用いる。
方剤例⇒四物湯

②祛風止痛:
風寒の頭痛に用いる。
方剤例⇒川芎散

 

阿膠(あきょう)

阿膠
阿膠

ウマ科のロバやウシなどの
除毛した皮を水で煮て製したニカワ塊。
性味:甘・平
帰経:肺・肝・腎
主な薬効と応用:補血・滋陰・止血・清肺潤燥

①補血:
血虚による顔色につやがない・
頭のふらつき・めまい・動悸などの症候に用いる。

②滋陰:
陰虚火旺による焦燥・不眠・熱感などの症候に用いる。
方剤例⇒黄連阿膠湯

③止血:
鼻出血・喀血・吐血・血尿・血便・
不正性器出血・・月経過多など多種の出血時に用いる。
方剤例⇒芎帰膠艾湯

④清肺潤燥:
肺陰虚の乾咳・少痰・痰に血が混じるなどの症候に用いる。
方剤例⇒補肺阿膠湯

 

甘草(かんぞう)

甘草
甘草

マメ科のウラル甘草の根。
性味:平・甘
帰経:脾・肺・胃
主な薬効と応用:去痰・鎮咳・抗炎症

①補中益気:
脾胃虚弱で元気がない、
無力感・食欲不振・泥状便などの症候に用いる。
方剤例⇒四君子湯

②潤肺・祛痰止咳:
風寒の咳嗽時に用いる。
方剤例⇒三拗湯

③緩急止痛:
腹痛・四肢の痙攣時などに用いる。
方剤例⇒芍薬甘草湯

④清熱解毒:
咽喉の腫脹や疼痛などに用いる。
方剤例⇒甘草湯

⑤調和薬性:
性質の異なる薬物を調和させたり、偏性や毒性を軽減させる。

 

当帰(とうき)

当帰
当帰

セリ科の根をいう。
根頭部を帰頭、主根部を当帰身、支根を当帰尾、
帰身と帰尾を含めて全当帰という。
性味:甘・辛・苦・温
帰経:心・肝・脾
主な薬効と応用:補血調経・活血行気・止痛

①補血調経:
血虚による顔色につやがない・頭のふらつき・眩暈・目がかすむ
月経不順・月経痛・心悸などの症候時に用いる。
方剤例⇒四物湯

②活血行気・止痛:
気滞血瘀の疼痛や腹腔内腫瘤などに用いる。
方剤例⇒桃紅四物湯

③潤腸通便:
腸燥便秘時に用いる。
方剤例⇒潤腸丸

 

白芍(びゃくしゃく)

芍薬
芍薬

ボタン科のシャクヤクのコルク皮を除去し、
そのままあるいは湯通しして乾燥した根。
性味:苦・酸・微寒
帰経:肝・脾
主な薬効と応用:鎮痛・鎮痙・収斂
①補血斂陰:
血虚による顔色につやがない・
頭のふらつき・めまい・目がかすむ四肢の痺れ
月経不順などの症候に用いる。
方剤例⇒四物湯

②柔肝止痛:
肝鬱気滞による胸脇部の張った痛み・
憂鬱感・イライラなどの症候時に用いる。
方剤例⇒四逆散

③平肝斂陰:
肝陰不足・肝陽上亢によるめまい・ふらつきなどの症状に用いる。
方剤例⇒鎮肝熄風湯

 

熟地黄(じゅくじおう)

地黄
地黄

ゴマノハグサ科のジオウや、
カイケイジオウの肥大根を乾燥したのち、
酒で蒸して熟製したもの。
性味:甘・微温
帰経:心・肝・腎
主な薬効果と応用:補血調経

①補血調経:
血虚による顔色につやがない・頭のふらつき、
めまい・目がかすむ・心悸・月経不順・
不正性器出血・月経痛などの症候に用いる。
方剤例⇒四物湯

②滋陰益精:
腎陰不足の腰や膝がだるく無力・遺精・潮熱・盗汗などの症候に用いる。
方剤例⇒六味地黄丸

 

艾葉(がいよう)

キク科のヨモギ属植物の若い全草または葉。
性味:苦・辛・温
帰経:肝・脾・腎
主な薬効と応用:散寒除湿・止痛・温経止血

①散寒除湿・止痛:
下焦虚寒による下腹部の冷え痛み、
月経不順・月経痛・不妊などの症候に用いる。
方剤例⇒艾附暖宮丸

②温経止血:
虚寒による不正性器出血・
月経過多・切迫流産の性器出血などの症状時に用いる。
方剤例⇒芎帰膠艾湯


芎帰膠艾湯・主治】

衝脈・任脈の虚損により、
陰血をとどめておけず生じる、
不正性器出血・月経過多・月経持続の延長、
あるいは早・流産後の子宮出血の持続、
あるいは妊娠中の腹痛や性器出血などを治する。


参考文献:
『生薬単』 NTS
『腹證奇覧 全』 医道の日本社
『中医臨床のための方剤学』
『中医臨床のための中薬学』 神戸中医学研究会

画像:
『腹証奇覧 正編2巻』
京都大学貴重資料デジタルアーカイブより
https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/item/rb00004913

※画像や文献に関して、ご興味がおありの方は
是非参考文献を読んでみて下さい。

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