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こんにちは、為沢です。
今回も中国医学史を語る上で
伝説上とされる人物を御紹介します。

神農しんのう

神農氏像
神農氏像

神農は古代神話中の太陽神で
紀元前3245年頃に生まれ紀元前3080年頃に亡くなったとされています。
神農は、火徳を以て王となったことから「炎帝」と呼ばれました。
炎帝は初代神農氏から380年かけて代々継承されてきましたが、
炎帝神農氏と言えば初代炎帝のことを指します。
神農は神農氏とも呼ばれ、
実際に文字として記録に残っているのは戦国時代以降です。

『史記』司馬遷

“炎帝神農氏、姜姓、母曰女登、有蟜氏之女。
爲少典妃、感神龍而生炎帝、人身牛首、長於姜水、因以爲姓。
火德王、故曰炎帝、以火名官。
斲木爲耜、揉木爲耒、耒耨之用、以敎萬人。
始敎耕、故號神農氏。”

和訓:
炎帝神農氏は姜姓なり。母を女登と曰う。
有媧氏の女なり。少典(国名) の妃と為る。
神龍に感じて炎帝を生む。人身牛首なり。姜水に長ず。因りて以て姓と為す。
火徳の王たり。故に炎帝と曰う。火を以て官に名づく。
木を斲りて耜(シ、木製の鋤)と為し、
木を揉(たわめる)めて耒(ライ、 鋤の柄)と為し、
耒耨(ライ・ドウ、鋤と鍬)の用、
以て万人に教え、始めて耕を教う。故に神農氏と号す。

上文の前半に神農氏の容貌についての記載もあります。
人の体に牛の首を持っておったそうです…
↓の画像参照(ひぇ…怖)

神農氏
神農氏

…しかし、古代中国の人々がまだ
漁と狩猟しか食物を得る術を知らなかった頃
神農氏が初めて木を用いてすきくわを作り、
民衆に農耕を教えたとされており、
農業の神様と崇められております。

また、神農氏は人々から
”薬王”、”五穀王”、”五穀先帝”、”神農大帝”、”地皇”と尊称されています。
伝説中では農業と医薬の発明者で、”神農嘗百草伝説”というものもあります。

『新語』陸賈りくか
“神農、以為行蟲走獸、難以養民、
乃求可食之物、嘗百草之實、察酸苦之味、教人食五穀。”

和訓:
神農以為らく、行蟲(はう虫)走獸(走るけもの)、以て民を養い難し、
乃ち可食の物を求め、百草の実を嘗め、酸苦の味を察し、民に五穀を食するを教う。

凄いです神農氏。体張りすぎです(笑)
伝説では、神農氏は体で毒の有無を調べるため
毒を持っている草も含め、片っ端からめて調べたそうです。
神農氏の体は特殊で、毒草を食べると内臓が黒くなり、
どの草が体のどの部位に影響を与えるか容易に知り得たらしく、
毒草でも、使いようによっては薬草になるため、
神農氏は敢えて毒草も求めましたが、毒草を食べ過ぎたため
体に毒が蓄積し、これにより亡くなったそうです。。

後世の人々は彼の功績を讃え、
後漢時代に編纂された中国最古の薬用植物学の書物を
『神農本草経』と称しました。

神農氏の伝説は人々に医療と農耕を教え、
医薬と農業の神々を束ね、農作物を守り、人々を健康にし、
今も尚、病院や薬局では守護神とみなされています。


参考文献:
『東洋医学 基礎編』
『いちばんわかる!東洋医学のきほん帳』学研
『東洋医学概論』医道の日本社
『中国医学の歴史』
『中国鍼灸各家学説』東洋学術出版社

為沢

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