虚実や人の生死について学んでいると
やはり最大の 最高の価値というもは
ただ 存在しているという一点に他ならないのだと
気付かされる。
どんなに人は知恵を付けても
葉っぱ1つ、土1つ作り出す事は出来ないのだろうし
生命を作り出すことなど出来ないのだろう。
学んで得る成果はせいぜい”気付く”ということだ。
ならば 学ぶ必要がどこにあるのだろうと考える。
学ばなくても 生かされている事を実感する以上に
すばらしいことはないのではないかと。
しかし、
学ばなくてはならないし、
知らなくてはならない。
成長せねばならないと 人はなにかに導かされる。
では この人を導くこの大きな作用とはなにか。
知恵だ。
知恵が知恵を求めさせる。
知恵とはこの上なく甘美なものであると同時に
人に課せられた最大の鎖だと思う。
知恵とは 思考とは
業そのものであり、欲望の形であり、
生命を空間と時間軸に縛られる
唯一の条件ではないか。
社会こそが罠。
歴史、教養こそが罠ではないかと悟らされる。
  林玄一

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