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こんにちは、為沢です。
今回は李珣りしゅんを紹介します。

李珣りしゅんは字を徳潤という。
安禄山の乱(755年)の時に蜀に亡命し、
その後は梓州(四川省三台)に移住した。
李珣は唐末期から著名な文学者であり、かつ本草学者でした。
今でいう「二刀流」ですね。
著作で有名なもので文学では『瓊瑶集けいようしゅう』、
本草学では『海草本草』六巻(すでに散逸)があります。
李珣は文学者としての有名な方のようでしたが、
今回は本草学者としての李珣を紹介します。

『証類本草』によると、
『海草本草』は百二十四種の薬品が掲載されており
うち九十四種は外国産であり、
それぞれにその産出地名が付いていたという。
というのも、李珣の祖先はペルシャ人だったようで、
隋代にシルクロードを経て中国に移住してきた経歴があり、
李家は代々 中東にパイプがあったようです。
そのため、李家は香薬を販売することを業としていたため、
李珣も香薬に関する知識が豊富で、
同書にも香薬が多く掲載されていました。
その大部分はアラビア商人から購入されたもので、
同書は海外の輸入薬材に関する専門書という趣があり、
後世の医家は外国産の薬物を論じるときには
これを引用していました。


参考文献:
『東洋医学 基礎編』
『いちばんわかる!東洋医学のきほん帳』学研
『東洋医学概論』医道の日本社
『現代語訳◉黄帝内経素問』
『現代語訳◉黄帝内経霊枢』
『中国医学の歴史』
『中国鍼灸各家学説』東洋学術出版社

為沢

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