何でも良い。
朝起きたとき
最初に眼に入った太陽の色温度、
風のあたり、
ドアノブを触ったときの金属の質感。
そこから発される音。
床の軋む音。
廊下の陰の感じ。
頭の中によぎる予感。
そこに対して自分の回答をあてたときに
再び返ってくる予感。
笑っている人を見たときの
自分の中の変化。
笑っている人を見たときの
空気の変化。
何かを隠している人の
所作の変化。
空気の変化。
受け取る自分の中での変化。
草をむしったときの音と匂い。
すべてのこと、
ひとつひとつのものに集中して
受け取ると、
そこに手を添える時の所作も自然と生まれる。
ああ、
もっと横から触れたらよかったな。
足の運びはこうかな。
ああ、
掌から受ける感覚。
一年前と違うな。
昨日と違うな。
さっきとも違うぞ。
感情が邪魔をしたぞ。
今、いいな。
なんか景色が広がったぞ。
すっと何かが払えたぞ。
あ、空間も変わった。
そうか、こうやって鍼を置くのか。
無垢の木に感情や行為が残っている気がする。
それに触れていると、
逆になんとなくその場で何が起こって
住まう人が何を考えていたかがなんとなくわかるな。
石や
岩にも刻印されている多くのものがあるな。
触れて触れて
関わって、
関わって、
目に見えるもの、目に見えないものと
沢山の対話を行う。
これを日々の鍛錬という。
僕にとっては、鍼師の修行はこれが本質。
本を読んで学ぶことが全てではない。
どこにいても感覚を開けば
僕らは旅に出ることが出来る。
だから、旅行もなにもいらない。
いつも同じ場所にいたって、
毎日発見があり、
蝶のようにワクワク自由に羽ばたける。
それが鍛錬。
楽しいよ。
あらゆる事象に対して自由になれる。
きっと他のあらゆる職人達も
同じようなものだと思う。
違うのかな。
師匠と呼べる人間も早いうちになくなり、
兄弟子も先輩もなく、
自問自答してきたけど、
特に困った事は無し。
すべての事象が僕にとってはおっしょさん。
朝、
起きて、急にこんな事が

頭に起こって文字に起こしている。
もう出ないと間に合わない。
出勤だ。
行ってきます。

  木木
平成30年8月22日(水)


ちょっと語弊が生じると問題が多いので追記します。
初学者の為に書いてません。
はじめは、基礎で良いので、
色んな本を読み倒して、
指針となる人の仕事に触れる毎日を築いて、
寝ても覚めても、
鍼のこと、この学問、医術のことを考え尽くします。
それを5年、10年脇目も振らず行う事で、
この人は何でも治せるのではないだろうか。
と周りがざわつくぐらいの事は出来るようになります。
そこから、
色んな疑問が生じます。
今まで、やってきたことは本当に正しいのか。
もっと工夫は出来ないかという問いの為に、
上のような鍛錬を毎日行います。
だから、初学者や学生が上のようなことを行って
名人ぶってもダメというより、
怪しい治療家になってしまいます。
まずは、基礎を固め尽くして名人になって下さい。
そこから物語は始まります。
あと、これは僕の鍛錬の仕方。
鵜呑みにせずに自分ながら各々の鍛錬の仕方を
見つけて下さい。
これが教科書になるようなものではありません。
音楽家一人一人曲の奏で方が自然と異なるように
学び方、楽しみ方は様々あるのが当然です。
それを求め、探し続けるのもまた鍛錬です、よ。
初学者のことを初学者などと言っていて自分で
ちょっと自分自身が気味悪く感じるのですが、
そこは、
身一つでうちをやってある程度は患者を診てきたって
ことで、その表現は今回は許して頂きたい。
すいません。
宜しくお願いします。

(写真は近所の山道。よく物思いに耽りながら歩きます。)

 

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