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こんにちは、為沢です。

今日は後漢・三国時代の名医、華佗かだについて御紹介致します。

華佗
華佗

2世紀初めころに生まれ、建安13年(AD208年)頃 没。
沛國譙(今の安徽省亳県)の生まれ。
華佗は後漢時代の医学者として傑出しており、
『後漢書』や『三国志』に伝記が記されております。

『後漢書』方術列傳より
“華佗字元化、沛國譙人也、一名旉。
 遊學徐土、兼通數經。曉養性之術、
年且百歲而猶有壯容、時人以為仙。

 沛相陳珪舉孝廉、太尉黃琬辟、皆不就。
 精於方藥、處齊不過數種、心識分銖、不假稱量。
 針灸不過數處。若疾發結於內、
針藥所不能及者、乃令先以酒服麻沸散、

 既醉無所覺、因刳破腹背、抽割積聚。
若在腸胃、則斷截湔洗、

 除去疾穢、既而縫合、傅以神膏、
四五日創愈、一月之間皆平復。”

和訓:
華佗、あざなは元化、沛国・しょうの人なり。またの名を「」という。
徐州にて遊学し、数々の経典に通ずる。
養性の術を暁り、年且に百歳にならんとするに而して猶壮容有り、
時の人以て仙なり。
沛の相、陳珪ちんけいは孝廉(中国前漢の武帝が制定した郷挙里選の察挙科目の一つ)に挙し、
太尉の黃琬こうえんも辟すが、皆就かず。
方藥おいても精通し、処齊数種に過ぎず、
分銖は心で識り、假に量を稱らず。

鍼灸も数ヶ処に過ぎず。
若し疾発して内に結ばれ、鍼灸の及ぶ能わざる所の者は、
乃ち先ず酒を以て麻沸散を服せしむ。

既に酔いて覚ゆる所なからば、腹背を刳破こは(裂きやぶる)するに因りて、
積聚(腹腔内の腫瘤)を抽割ちゅうかつ(裂いたところから抜き出す)す。
若し腸胃に在らば、則ち断裁、湔洗(すすぎ洗う)し、去りて疾穢を除く。
既りて縫合し、神膏(膏薬)を以て傅し、
四五日にして創愈え、一月の間に皆平復す。

↑が後漢書による華佗の記載です。
華佗は湯液や鍼灸に精通していたと記されております。
鍼灸においては数カ所の施術で治療し、
湯液においても多くの方剤を使わず、
秤を使わず患者の体に合わせた量で作っていたと。

また、外科手術も行っていたと記されております。
華佗の外科手術のエピソードに有名な話があります。
毒矢を腕に受けた蜀の名将・関羽の腕の切開し治療をした話です。
また、華佗は病になる前の養生の大事も説いております。

『魏書』華佗傳より
“人體欲得勞動、但不當使極爾。
 動搖則糓氣得消、血脉流通、
病不得生、譬猶戶樞不朽是也。”

和訓:
人体は労働を得んことを欲す。
ただ当に極めしめざるべきのみ。
動搖は則ち穀気を消すを得、血脈は流通し、病生ずるを得ず。
たとうれば戸枢の、ついに朽ちざるがごときなり。

呂氏春秋りょししゅんじゅう』の中に書かれている言葉で
”流水不垢 戸枢不腐”
「流水は腐らず、戸枢こすうせず」というものがあり、
意味:停滞せず常に活発に動き続けるものは、沈滞や腐敗がない
という論点から、人体も動かすべきであり
「動を以て生を養う」ことを説いております。

そこで華佗が開発したのが、
古代より継承されてきた気功・導引を基礎とした
虎・鹿・熊・猿・鳥の五禽戯ごぎんぎと呼ばれる体操です。
5種の動物の動きと姿態を模倣することで
体の気の流れを停滞することなく動かす方を描いております。
(五禽戯は太極拳の元では?という話もあるそうですが、真偽は分かりません。)


参考文献:
『東洋医学 基礎編』
『いちばんわかる!東洋医学のきほん帳』学研
『東洋医学概論』医道の日本社
『現代語訳◉黄帝内経素問』
『現代語訳◉黄帝内経霊枢』
『中国医学の歴史』
『中国鍼灸各家学説』東洋学術出版社

画像:
『図像本草蒙筌』総論,首巻,巻之1-12
早稲田大学図書館古典籍総合データベースより
http://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/ni01/ni01_00815/index.html

為沢

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