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こんにちは、為沢です。

江戸時代は様々な鍼術が発明され
前回は打診について紹介しましたが、
今回は今でも広く活用されている管鍼法と、
それを世に広めた鍼師・杉山和一について御紹介します。


もともとの鍼術は、鍼を刺す(利き手)刺手と、
鍼を刺す部位を押さえる(非利き手)押手で刺入する方法
撚鍼法が古くから行われていましたが、
日本鍼灸で代表的な鍼術、管鍼法が開発されました。

管鍼法とは、管(鍼管)に鍼を入れ
刺手の指頭でトントンと叩いて鍼を刺入するものです。

左から管鍼法・打鍼法・撚鍼法(出典:鍼灸抜粋大成)
左から管鍼法・打鍼法・撚鍼法(出典:鍼灸抜粋)

管鍼法は1967年に刊行された
『鍼灸抜粋大成』に撚鍼法・打鍼法とともに紹介され
この頃には広く行われていたようです。
管鍼法は杉山和一(1610年〜1694年)により世に広められ、
現代の鍼灸にも大きな影響を及ぼしております。

杉山和一
杉山和一

杉山和一は伊勢の津藩士の子として生まれ、
幼くして病で失明。
17〜8歳ごろ、江戸で開業する盲人鍼医・山瀬琢一に入門。
しかし、22歳ごろ才能を発揮できず破門されました。
目の不自由な自分が生きるためには
何かを成さねばならぬと、
芸能の神・盲目の守護神でもある
江の島弁財天の祠に詣で岩屋に篭もり
生死をかけての断食修行を行なっている時に
石につまづき倒れ、手に拾った松葉の入った竹管から、
管鍼術の着想を得たと伝えられております。

その後、京都の入江豊明に入門し鍼術を学び、
江戸で開業し名声を博し、
1670年に検校(僧侶および盲人の官職名)となり、
江戸四代将軍 家綱、五代将軍 綱吉の侍医となりました。
和一は日本鍼灸の教育のため、
視覚障害者に対する教育にも力を注ぎ
「鍼治学問所」を設けます。
また、鍼・按摩の教育の他にも
「当道座」(盲人の芸能集団)の再編にも力を入れ幅広く活躍しました。
盲人に鍼・按摩の教育をし、
盲人の職業として鍼・按摩を定着させたことが、
後の時代での職業教育に
鍼・按摩が取り入れらることになります。


参考文献:
『東洋医学 基礎編』
『いちばんわかる!東洋医学のきほん帳』学研
『東洋医学概論』医道の日本社会
『中国医学の歴史』
『中国鍼灸各家学説』東洋学術出版社
『カラー図解 東洋医学基本としくみ』西東社
『針灸の歴史 悠久の東洋医術』大修館書店

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