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こんにちは盧です。

ふとしたきっかけで
鈴木大拙の名前を聞くことがあり、
良い機会なので彼の著作

「東洋的な見方」岩波文庫

を読んで見ることにしました。
読んで見ると情感たっぷりのアツい文章でした。
禅の第一人者として常に英語で禅を
語っていた著者も
そのようなアツい人だったのでしょうか?
妄想ふくらみます。。。

時間があれば全部読んで
いただきたいところですが
今日はその中の一節が
面白かったので載せたいと思います。

『自由はその字の如く「自」が主になっている。
抑圧も牽制もない消極性をもった束縛または牽制から解放せられる義である。
自由には元来政治的意味は少しもない。天地自然の原理そのものが、

他から何らの指図もなく、制裁もなく、自ずから出るままの働き、
これを自由という。
・・・元来は仏教の言葉で仏典とくに禅録にはいたるところにみえる。
・・・ものがその本来の性分わき出るのを自由という。』

自由がそもそも仏教の用語であるというのは不勉強でした。
それにしても自由が今で言う
「何でも出来る可能性」という意味ではないようです。
意識せずとも出てしまう、もしくは出るものを言うようです。

参考文献
「東洋的な見方」 岩波文庫

洋画鑑賞中
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